神戸大学大学院農学研究科を中心とした研究グループは、スズメガの一種エゾスズメの幼虫と蛹が、呼吸に使う小孔(気門)から勢いよく空気を吹き出して音を発することを明らかにしました。空気の吹き出しによって音を出す昆虫はこれまでも知られていましたが、蛹でこの仕組みが確認されたのは初めてです。発せられる音はヘビの「シュー」という噴気音に似ており、鳥類や小型哺乳類などの天敵を威嚇して身を護っている可能性が示唆されます。
この研究成果は、2025年12月8日に英国の学術誌「Journal of Experimental Biology」に掲載されました。

ポイント
- スズメガの一種エゾスズメの幼虫と蛹は刺激を受けると音を発する。
- 幼虫では腹部にある1対の気門、蛹では腹部の6対の気門から空気を吹き出して音を発する。
- 幼虫と蛹の音はヘビの噴気音に似ており、捕食者を怯ませて防御している可能性がある。
研究の背景
セミやスズムシなどの成虫が鳴くのは主に求愛のためですが、昆虫の幼虫や蛹でも天敵から身を護る目的で音を出す種が知られています。これまで、幼虫による防御音の発生メカニズムは研究が進んでいましたが、蛹による音の発生はごく一部の種で体の摩擦によるものが知られている程度で、詳しい研究はほとんどありませんでした。
スズメガ科の一種であるエゾスズメ※1では、幼虫と蛹が音を出すこと自体は以前から知られていましたが、その音がどのように発生するのか、どの器官が関与しているのかは未解明でした。そこで本研究では、エゾスズメの幼虫と蛹を刺激して、音の発生とその仕組みを詳細に調べました。
研究の内容
兵庫県内で採集したエゾスズメのメス成虫に産卵させ、孵化した幼虫を室内で飼育しました。各発育段階の20個体に対して、捕食者の攻撃を模したピンセット刺激を与え、防御行動と発音の有無を記録しました。その結果、1?3齢幼虫では刺激部位に向けて体を素早く曲げる頭突き行動は見られたものの、発音は確認されませんでした。4?6齢では頭突きと同時に音を発し、特に5齢?6齢(終齢)ではほとんどの個体が頭突きと発音を併せて示しました。蛹でも約半数の個体が体を曲げつつ発音しました。
発音に関与する器官や仕組みを明らかにするために、幼虫および蛹を詳細に観察しました。その結果、体の部位をこすり合わせるような行動や構造は確認されず、特定の器官から空気が放出されて音が発せられている可能性が示唆されました。そこで、どの器官が発音に関与しているのかを調べるため、個体を水中に沈めて刺激したところ、音が出る際に腹部の気門※2から気泡が放出されることがわかりました。
腹部には8対の気門が存在するため、それぞれの関与を確認する目的で、気門をラテックスで塞ぐ実験を行いました。その結果、終齢幼虫(図1)では腹部第8節の1対の気門を塞いだときのみ音が消失しました。一方、蛹(図2)では腹部第2節から第7節の6対すべての気門を塞いだ場合に音が消失し、いずれか1対を開放すると再び音が発生しました。これらの結果から、幼虫は腹部第8節の1対の気門から空気を吹き出すことで発音し、蛹は腹部第2?第7節のいずれかの少なくとも1対の気門を通して空気を吹き出すことで発音できることが明らかになりました。


さらに録音と音響解析を行ったところ、幼虫と蛹の音の主要な周波数帯は重なっており、同じ可聴域をもつ捕食者に対して共通の防御音として機能している可能性が示唆されました。また、これらの音はヘビの噴気音にも類似していました。スズメガの幼虫と蛹は鳥類や小型哺乳類に捕食されやすいため、本研究では、ヘビの噴気音を模倣することで捕食を回避している可能性を新たに提唱しました。
今後の展開
本研究では、エゾスズメの音が捕食者に対して実際にどのような防御効果を持つのかまでは検証していません。今後は、エゾスズメやヘビの音を鳥類や小型哺乳類に聞かせ、その反応を比較することで、防御音の効果を評価する予定です。
また、今回明らかになった「蛹が空気を吹き出して発音する仕組み」は、他の昆虫種にも存在する可能性があります。動きが少なく目立ちにくい蛹の行動に焦点を当てることで、これまでほとんど知られていなかった蛹期の防衛戦略の解明につながることが期待されます。
用語解説
※1 エゾスズメ
スズメガ科に属し、東アジアに広く分布する。成虫は夜行性で、オニグルミやサワグルミの葉に産卵する。幼虫はクルミ類の樹上で葉を食べ、6齢を経て地中で蛹になる。
※2 気門
昆虫の外骨格にある小孔で、ここから空気が体内に取り込まれ、気管を通じてガス交換が行われる。
謝辞
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤C「チョウ目幼虫の耳の進化:捕食回避のための機械感覚子は生活様式に規定されるか?」(JP17K08158)の支援を受けて実施しました。
論文情報
タイトル
“Sound production by hawkmoth larvae and pupae through abdominal spiracles”
DOI
10.1242/jeb.251346
著者
- Shinji Sugiura(杉浦真治:神戸大学大学院農学研究科 教授)
- Daichi Nakamori(中森大地:神戸大学大学院農学研究科 博士課程前期課程学生 ※研究当時)
- Kota Sakagami(阪上洸多:神戸大学大学院農学研究科 博士課程後期課程学生 ※研究当時)
- Takuma Takanashi(髙梨琢磨:福島大学食農学類 准教授)
掲載誌
Journal of Experimental Biology

