
起業のアイデアは、自身と仲間の「困りごと」から生まれた。神戸大学の部活動?起業部の部員で、経営学部4年の北野まどかさんは、アトピー性皮膚炎の患者向けの緑茶染めシャツ開発事業に取り組む。チーム名はSkinNotes(スキンノーツ)。学生のビジネスプランコンテストなどで数々の賞を受けてきた。そんな実績から、2025年4月には、石破茂首相が女性や若者と語り合う車座対話にも参加した。挑戦の原動力や、起業の経験を通して得たものとは-。
組織論やマーケティングに興味
大学入学前から組織論やマーケティングに興味があった。広島県で過ごした中学、高校時代、吹奏楽部でリーダー的な立場を担い、「団体をどう動かすか」を考えることが多かった。高校時代の「情報」の授業では、人々の購買行動と売る側の戦略にも関心を持ち、行動経済学という分野を知った。そんな経験が、経営学部を志すきっかけになった。
神戸大学で起業部の存在を知ったのは、入学時にもらった資料の中にチラシが入っていたからだ。まだ創部されたばかりだったが、「大学生活を豊かにできるかも」と感じ、気軽な気持ちで入部した。「今思えば、自分には昔から、何か大きいことをしてみたいという野心があったのかもしれません」と笑う。
入部当初は別のチームで活動していたが、約半年後にSkinNotesに参加した。皮膚疾患の患者が気軽に相談できるオンラインコミュニティーの構築を目指すチームで、創設した先輩が自身の経験から事業を発案していた。アトピー性皮膚炎を持つ北野さんもそのアイデアに共感し、必要性を感じた。
しかし、収益性を考えると事業の展開は難しかった。先輩が卒業し、チームのメンバー3人が全員アトピー性皮膚炎患者という状況になったのを機に、アトピーの患者に絞った事業へと方針を転換。2023年春から事業計画を練り始めた。
「子どものころから治療を続ける私たちが共通して感じていたのは、日常生活での面倒くささでした」と北野さん。定期的な通院や、日々の外用薬の塗布。自身は小学生のころ、下半身に症状が出ることが多く、それを医師に見せるのも苦痛だった。
課題の解決を目指し、当初は定期的に薬を届けるサービスを模索したが、先行事例の存在や制度的なハードルから事業を再構築。代表の竹内悠人さん(2025年、農学部卒)がお茶好きで、緑茶に含まれるカテキンの抗菌作用を示す研究に注目したことをきっかけに、「日々着るもので皮膚のケアができれば」と緑茶染めインナーシャツの開発に乗り出した。

患者が前向きになれる社会に
SkinNotesが掲げる理念は「アトピー性皮膚炎患者さんが明るく前向きに生きられる社会へ」。緑茶染めインナーシャツを着用することで、かゆみや皮膚をかいてしまう悩みを少しでも和らげ、日々の生活をより豊かにしてもらうことを目指す。

事業開始以来、企業や医療関係者、研究者など多くの人と話をしたが、否定的な意見を言われることも少なくなかった。計画を再考し、磨き上げていくことの繰り返し。「私たちには、技術も人も資金もない。外部からはさまざまな意見がある。そんな中で、一つ一つ意思決定をしていく過程が大変でした」という。
静岡県でお茶染めを手掛ける会社などの協力を得て、本格的な試作品が完成し、資金調達のクラウドファンディングを始めたのは昨年末。シャツの染料には規格外の茶葉や製造工程で廃棄される部分を活用し、環境にも配慮している。今年8月にはネット上での販売開始にこぎつけた。
4年生となり、周囲の学生の多くは就職を決めているが、「まだ活動をやり切っていない」と、今年秋からは休学して事業に専念することを決めた。現在も、大阪?関西万博の神戸大学展示ブースで活動を紹介するなど、多忙な日々を過ごす。1、2年ほど事業に専念した後は、起業部の活動をテーマに卒業論文を執筆する計画だ。
行動しなければ何も始まらない
今年4月、石破茂首相が神戸市を訪れ、女性や若者との車座対話が行われた際には、SkinNotesの活動紹介とともに、若者の働き方について意見を言う機会にも恵まれた。

「私たちZ世代は『休暇や会社の福利厚生を重視している』といったステレオタイプで見られることが多いけれど、皆がそうではないと思います。私は頑張って仕事をしたい。キャリアと私生活のバランスを保つのが理想です」。首相にはそんな思いを伝えた。
起業の経験を通して学んだのは「言い続ければ何とかなる。行動しなければ何も始まらない」ということだ。目標を伝え続けることで、誰かが人を紹介してくれたり、協力してくれたりする。活動にはまだ多くの課題があるが、言い続け、行動してきた積み重ねが事業を形作ってきたことは間違いない。
将来の夢として思い描くのは、育った環境やさまざまなハンディを超え、誰もがチャンスを得られる社会にするための仕事や活動。その源にはもちろん、アトピー性皮膚炎に悩んできた経験がある。試行錯誤の起業の日々は、大きな夢に近づくための一歩でもある。
略歴
きたの?まどか 2003年、広島県東広島市出身。2022年、神戸大学経営学部入学。優れた起業家に共通する思考や行動様式を体系化した理論「エフェクチュエーション」の研究で知られる吉田満梨?経営学研究科准教授のゼミで学んできた。神戸大学の魅力は「理系の学生とも交流できること」。SkinNotesではマーケティングの責任者を務める。神戸市在住。